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1954年大阪府生まれ 東京大学大学院工学建築研究科修了。菊竹清訓建築設計事務所を経て、1985年プランテック総合計画事務所を設立。2005年に持株会社プランテックアソシエイツを設立。現在、同社はプランテック総合計画事務所、プランテックコンサルティング、プランテックスタイル、クエリ・ソリューションズ、アセットファシリティーズの5社を傘下にもつ。
http://www.plantec-associates.co.jp/ |
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私は武蔵小杉でサントリーの商品開発センターを設計したことがあります。以前は工場でしたが、全面移転するため研究機関に造りかえました。今回の新川崎駅前も工場や操車場があった場所の再開発です。これは川崎エリアの環境変化を象徴する動きだと感じました。工場や操車場がなくなるのは、街全体の流れのなかで出てきたことです。その流れは二面から捉えることができます。一面では、東京から住宅地が拡大したため、土地を工場のまま利用していてよいのかという疑問が出てきました。
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もう一面として工場自体に適した立地が変わってきたことがあります。かなり以前まで、工場は鉄道か港の近くにある必要がありました。荷物を船や鉄道で運んでいたからです。しかし、今では車や飛行機で運びます。そうなると、都心に工場があっても操車場は要らなくなり、陸路で運ぶなら駅の近くは、むしろ渋滞があったりして不便です。工場は移転し、研究開発型の施設になっていきます。
そして、研究開発型の施設で働く人々が、周辺に住まいを求めます。新川崎はまさにそうした変化のなかにあるエリアです。しかも、近くの日吉には慶応大学のキャンパスがあり、知的産業が集積する住宅地としての素地ができつつあると感じています。
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